「―――――んん、はぁ――――……っ、……ん」

 ほう、と口から漏れた吐息が、霧のように白く宙に混じって消えた。
 空を見上げて瞳に映った月をのんびりと眺め、再度瞳を彼女へ移す。

 ―――どくん、と胸の高鳴りが一つ大きく跳ねる。
 彼女の瞳は見つめるだけで、こんなにも俺を惑わす。
 いや、それだけじゃない。

 夜空に溶け込むように流れる蒼髪。
 握った掌から伝わる体温。
 触れ合う体から感じれる鼓動。
 互いの間を泳ぐ吐息―――――彼女の全てが、俺を惑わせる。
 どうしようもないくらいの愛獄へ。
 抑えきれない愛欲を解放して、ただひたすらに唇で想いを刻む。

「――――ん、……は、ぁ……ん――」
「……んっ、まだ……もっ、と―――――――」

 月が輝き、静かな闇夜が空を包む秋の夜。
 夜は長いと言うけれど、この分だと時間はいくらあっても足りなさそうだ―――――――。








TRIANGLE HEART V / Some Kiss Story。

The Kiss Of Dreamy。







 唇が触れ合う度に、灼い吐息が口から零れ落ちて空間を舞う。
 焼け付くような、絡み付くような―――言葉にはし難い、“それ”が頭の中を侵略していく。
 そっと触れ合う、淡く僅かな口付けを幾度も交わす。
 唇で彼の愛しさを感じ、自分の想いを込めて口付けを返す。

 自分は口下手だから、日頃は自分の想いを上手く貴方に伝えられない。
 けれど、今なら。自分の心の全てを唇に込めて貴方に伝えられるから。
 精一杯の気持ちを込めて、唇を味わう。

「……はぁ、っ」

 漏れた吐息は熱っぽく、頭の中を溺れさせる。
 思考が段々と下手になっていく。
 それでも、一点に集中されて伝わってくるぬくもりを手放せず、もっと欲しいと求めるように瞳を閉じる。
 分かっている。
 その行為が自分を更に蕩けさせていくコトなんか、とっくの昔に分かりきっている。
 でも手放せない。
 今だけは、それに縋り付いていたい。

「―――――かお、る」
「……は、ぁ……っ。……は、い―――――んっ……」

 自分を呼んでくれるその声が、どうしようもないくらいに愛しくて。
 もっと呼んで欲しかった。
 いつもと同じ言葉なのに、篭る想いが違うその言葉を、もっと彼の口から刻んで欲しかった。
 そして、自分の想いも言葉にして伝えたい。
 精一杯にありったけの想いを込めて。
 けれど、言葉を刻むその前に唇を塞がれた。

「んんっ……はぁ――――ん……っ」

 触れ合う唇はどうしようもないくらいに愛しくて、決して欲望を前面に出さない彼の優しさが嬉しくて。
 込める想いを更に強くしたかった。
 互いに伝わる体温に、自分の心を映したかった。
 自分はこういったコトには、疎いと自覚している。
 だから、彼を悦ばせるコトは出来ない。
 けれど、せめて喜ばせてあげれるようにはしたい。

「ん―――……っ、あ、は、ぁ―――っ、……ん――――」

 求愛とも言える舌でのノックに対し、扉を開く。
 絡み付いてくる舌が理性を奪っていき、互いが求めるがままに舌を触れ合わせる。
 今の自分が行っている行為は間違いなく獣の行為。
 オスがメスを求める本能。
 けれど、目の前で自分を見詰める瞳は、あくまでも優しく、そして何よりも愛しさが篭っているから、抵抗は無い。

 ゆっくりと舌が絡み、唾液を交換する。
 僅かに残っていた理性も溺れていく。
 醒めない夢を求めて、心が愛の中へと沈んでいく。

「――――っ、は、ぁ……んん、んっ――――っ」

 意外かもしれないが、神咲薫という女性はキスという行為を嫌ってはいない。
 むしろ口には出さないものの、好んでいる傾向が強い。
 人前で甘えるコトの出来ない彼女の鬱憤がこの時に解放されると言うかなんと言うべきか、キスという行為について彼女は情熱的だ。
 それはきっと彼女なりの精一杯の愛情表現の結果だろう。
 彼女は口下手で感情を表に出すのが苦手だ。それは甘えるコトを知らないから。
 甘える喜びも、甘えられる喜びも。彼女は知らなかった。

 でも、今は違う。
 彼女が甘えられる場所がここにある。
 だから、今はただ、甘えていたかった―――――――。

「―――――っ、んくっ、……ん、か、薫さ」
「ふぅ、ん――――ん、むぅ、……は、はぃ……?」

 唇が離れると、二人の間を艶らしい糸が垂れて繋がる。
 その光景は酷く卑猥でいて、酷く芸術な感すら持ち合わせる。

「は、む……っ、ん、俺のコト―――っ、むっ、好き……っ、ん―――?」
「んんんっ、……ぁ、はむっ、あ、んん―――ぁ、……く、んっ」

 耕介の疑問に対して、これ返事だと言うように唇を耕介へと這わす薫。
 いつの間にか、絡みつく舌を求めるのは薫になっていた。
 唇を唇で犯し、舌を舌で犯す。
 普段の彼女からは想像出来ない、どうしようもなく愛に貪欲な姿。
 でもだからこそ、愛しくて。
 飽きもせずに、幾度もなく、唇で愛を刻む。

「っ、はぁ―――――――っ、……ん、んん……、は、む―――っ」
「ん、っあ……、は――――んん、んっ……」

 行為は激しくは無いものの、どんどんと長く、深くなり互いを快楽へ溺れさせていく。
 息をする時間も惜しいと言わんばかりに、唇を触れ合わせて求め続ける。

「―――はぁ、……ぁん、んんん……っ」

 途切れ途切れの呼吸を拾いながら、唇を重ねて互いを抱き締める。
 触れ合う場所から伝わる体温を、感じながら心を響かせあう。
 どうして、こんなにも愛しいのだろうか。




 月が真円を描き、夜を照らす。
 鈴虫が幻想的な夜を奏で、静かに夜は踊る。
 風が吹き、心を冷やす。
 それでも彼らの熱は冷めずに、唇を求める。

 風は緩やかに、時はゆっくりと刻む。
 愛の情熱に溢れた、熱帯夜はまだまだ、終わらない――――――。





初版 2005/9/12。


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