戦場を渡り歩いてきた主婦に交じりながら、真一郎は商店街から帰還しようとしていた。
 戦果は上々。今日の功績で、暫くは楽に暮らす事が出来る。
 やっぱり、安い時に買えるものは買ってしまうのが良い。
 軽くスキップで上機嫌に階段を駆け上り、我が家のドアを開ける。
 玄関で自分ともうひとりの靴を見ながら、リビングへと向かう。
 そして――――。


 買い物袋を手に抱えながら、真一郎は相川家の忍者を見下した。








TRIANGLE HEART / Short Story。

休日、午後、お茶、そして忍者。









 窓の隙間から入る、柔らかな午後の日差しを浴びながら光る、綺麗な黒髪。
 風が吹く度にその綺麗な髪を、さらさらと靡かせる。
 普段二人で使っている、匂いの染み付いたクッションを胸に抱き締めて。
 穏やかに、そして小さく寝息を立てるその少女の姿は、なんだかんだ言っても年相応の可愛らしさを持っていて真一郎は、なんとなく安堵の息を漏らす。

 日頃が可愛くないと言う訳ではなく、ただその瞳には意志の強さが目立つ。
 彼女はとても強い。
 だからこそ、弱くて壊れやすい。
 そんな彼女だから、真っ直ぐで綺麗な翼を持っている―――そう、思う。

 本来なら、そのまま隣で眠りたい所だが、せっかく買ってきた物を放って置くのもなんなので、真一郎は台所へ向かった。
 最近は凸凹コンビ――唯子と小鳥――に付き合って紅茶と洋菓子がメインだったので、商店街で和菓子を買ってきてみた。
 貧乏学生の身故に、大層な物ではないが彼女は喜んでくれるだろうか。
 何より―――どちらかと言えば、彼女には紅茶よりも緑茶が似合う気がする。
 実家で着物とか着てても違和感無いし―――そんなコトを思いながら、真一郎は黙々と二人分の準備をしていた。
 ゆっくりとした、平和な時間だった。




 彼女が起きたのは、日も暮れかけ、空が茜色に染まった夕時。
 寝惚けた頭で現状を認識しようとするが、意識はまだ目覚めてくれない。
 二、三回、頭を振って目を覚まさせて―――――はっ、と気付く。

「真一郎様――――――?」

 慌てて、自分が護るべき――失わせない人の姿を捜す。
 自分の甘さを責めるのはそれからだ、いづみはそう思った。


 とは言え、彼女が捜していた相手はすぐ傍のテーブルでのんびりとお茶を飲んで居たりした訳だが。
 起きた? といつもの笑顔で聞いてくる彼の姿に、安心しながらも。
 ――――少しだけ、不意に涙が出そうだった。

 変わらない彼の笑顔は、自分に安堵と愛しさを与えてくれて。
 変わらない彼の優しさは、自分の不甲斐無さを感じさせる。
 そのコトを知ってか知らずか、真一郎はやはり何時もの調子でいづみに話し掛ける。

「たまには、日本茶も良いかな? って思ってさ。いづみは紅茶より日本茶が似合いそうな気がしてさ……ちょっと、偏見かな」

 少しだけ照れ臭そうな、その姿を眺めながらいづみは思う。
 ―――私はやはり……甘えてばかりだ。

「お茶請けに、商店街でお饅頭と……桜餅。食べる、でしょ?」


 好きな男性には尽くしてあげる―――それが彼女の知っていた愛情表現。
 けれど、今は少しだけ違っていて。
 彼に尽くすコトだけでなく、彼の希望を叶えるコト。
 彼が望むのは甘えるコト。
 自分の弱さを隠さずに、全てを曝け出すコト。
 そう考えると、この現状は良いコトなのかもしれない――むしろ、真一郎的には良い――のだが。
 素直にそうするコトは出来ないけれど、少しずつならきっと出来る。
 甘えるコト自体はあまり好きではないけど、彼がそれを望むのならば……甘える努力をしよう。
 だから―――――

「―――はい。頂きます」

 真一郎と同じ様に、優しい笑顔でいづみは答えた。




「そう言えば、真一郎様」
「んー、何?」
「その姿は随分と久しぶりですね」
「あー、うん、そだね。……前、眼鏡して学校行ったら誰かさんは爆笑してるし」
「う……。あれは、あまりに珍しかったので……つい」
「……普通、珍しいって理由で人のコト笑う奴いないよ」

 拗ねたような表情をしながらも、真一郎は桜餅を口へと運ぶ。

 甘い。
 餡子の甘さが口の中に広がる。
 甘味を少し抑えているのか、口の中にしつこく残らないその味は、好感触。
 これなら、お茶と一緒にどんどん食べれそうな気がする。

 もう一口。
 やはり、甘い。
 何でも無いことだが、この甘さを味わえたコトを嬉しく思う。
 もしかしたら、あの日に違う現実が待っていたとしたら―――この口に広がる甘味を味わう事は無かったかもしれない。
 目の前で同じくお茶を飲む彼女の姿を眺めることも無かったかもしれない。
 春の日差しを浴びて、穏やかに眠っていた姿も。
 凛々しさの欠片も無い、あの可愛らしい寝顔も。

 唯々、こうやって一緒に時を過ごす事が―――何より、嬉しかった。
 強くて弱い彼女が、こうやって――少しでも微笑んでくれることが、嬉しかった。

 出来る限り、笑ってくれれば良い。
 その笑顔が見たいから。
 ずっと、笑っていて欲しいから。
 貴方が、愛しいから――――――




「――――真一郎様」

「ん? 何―――?」






「私は、幸せです―――――」

それは、なんてことない休日の午後の話。





初版 2004/1/29

二版 2004/1/30





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