容赦なく道行く人達を照り付けていた日差しが弱まり、太陽が空に出ている時間が段段と短くなり始めると、人々は秋だなーと実感する。
 秋って言えば、読書だな。あー、でも去年そうしたから今年はスポーツにしようか。
 いやいや、やはり自分の欲望に忠実に食欲の秋と洒落込もうじゃないか。
 そんな風に、実際の所どうでも良い事を考えている間に時間は過ぎて行く。
 時の流れというものは、思っている以上にあっさり容赦なく過ぎ去ってしまうものなのだ。

 さて、夏が過ぎ秋が終われば季節は冬へと移り変わる。
 恋人達の聖夜や一年の始まりと終わりなんていう大きな行事や、それに関連した小さなモノを合わせれば、楽しいイベントが大量に発生する季節なのである。
 しかし、何処にでも例外は存在してしまうものだ。
 可哀想なことにこれらのイベントであんなコトやこんなコトも出来ずに、ただひたすらと自分の未来の為に机に向かう人々が。
 そう、受験生である。誰もが高校三年になれば、嫌でもその肩書きを貰ってしまうのだ。
 友人とは授業内容や各科目のポイントについて語り合い、家族には嫌という程に気を使われる。
 模試の判定でナイーブになっている時にも、「〇〇くんは、A大に入るんだよねー」なんて合格確定みたいなコトを、気を使ってるんだか使ってないんだか分からない親戚に言われてしまう辛い立場なのだ。


 当然のコトながら、私立風芽丘学園高等部3−Gでも同様の現象が起きているのである。
 睡眠時間を削りに削って、食事と風呂以外の全てを勉強に費やすような生徒で教室は埋め尽くされている。
 右を向いては単語帳、左を向いては参考書、上を向いては天井、前を向いてはセンター対策のプリント、後ろを向いては赤本、下を向いああ面倒臭ぇ。もうさながら地獄絵図。
 とにかく、そんな異様な雰囲気で包まれた教室の黒板には大きく「自習」と書かれてたりするのである。


 ―――自習。
 それは受験生以外の学年にとっては、素敵で幸福なハッピータイム。四字で言えば極楽浄土。
 昼寝、早弁、雑談、トランプ、麻雀、漫画などというありとあらゆる娯楽を自由に選択出来る至福の時間。
 ああ、ぶらぼー。自習の無い一日などというものは、若さ溢れる僕らにはとんでもない拷問なのである。


 話が逸れてしまったが、これが受験生の立場になると多少意味合いが違ってくる。
 あ、ちなみにハッピータイムに変わりは無いのであしからず。
 限界を突破してしまったものは机に倒れ、余力のある者は己の弱点補強に時間を費やせる貴重な時間。
 しかも、本来ならばこの時間は物理。
 教科書より教えるのが下手だと評判の鈴木の授業である。
 教えるのが下手な癖に、授業を聞かずに他科目の内職をしてれば怒るし、寝るなんて行為は問題外。
 そんなコトをしたものなら、高三にもなって『廊下で起立』なんていう羞恥プレイが待っている。
 ああ、ぶらぼー。神様ありがとうなんてコトを思いながら、皆それぞれ己のやるべきコトを実行している中で――――




「―――――む。赤星、鈴木先生は何故来ないんだ?」
「……いや、自習。寝てないで、黒板見てみろよ」
「何っ? ……ちぃ、失敗したな」
「何がだ、高町?」
「いや……物理は寝れないから、体調を整えていたのだがな。これでは意味が無い」
「……普通に受けてやれよ。つか、寝るな」

 ポーカーフェイスの為に今ひとつ読み取り難いが、恐らくは今起きたと思われる青年―――高町恭也と、それに答えた爽やか系美青年―――赤星勇吾はあくまでマイペースだった。


 前書きが長くなったが、要はこの二人は受験戦争に流されてないっつーコトなんですよっ。






「くぅ―――――――。……すぅ、すぅ……」

 あ、一見おしとやかな美少女―――月村忍も居ましたね。
 呑気に寝てるよこの娘。大物だ。










TRIANGLE HEART V / EXTRA SIDE STORY。

Enjoy? You’re School Days。











 さてさて、受験戦争真っ盛りな雰囲気の教室の中でも、この三人がマイペースに保っていられるのにはちゃんとした理由がある。
 赤星勇吾は剣道で海鳴大への推薦入学が決定。
 月村忍は一芸での推薦入学が同じく海鳴大へと決まっている。
 残念ながら高町恭也はお世辞にも一般入試で入学できるような学力は持っていないし、推薦を貰えるような資格は生憎持ち合わせていない。
 そんな絶望的な状況であるのに、何故こんな風に過ごしていられるかと言うと、単純に翠屋に就職内定済だからだ。
 内定と言うより、単純に家を継ぐだけなのだが。
 そこはまぁ、世間体っつーコトで内定と言っておこうよ。
 ちなみに、この3−Gの就職希望者は恭也ただ一人だけである。
 だって、ここ理系の進学クラスだもん。
 恭也のこの決断に関してクラス内の低学力者数人から臆病者呼ばわりされたのは言うに及ばず、あまつさえ「お、お前だけは信じていたのに―――っ」等と泣き付かれてしまったりもする。


 そんなこんなで、もう三人とも進路は確定済みなのだ。
 学校の授業内容は完全に受験対策となっている為、実際の所三人はもう登校しなくても良かったり。
 それでも、赤星は部の後輩の指導と皆勤賞。
 忍は自分が家に居るとノエルが休む暇が無くなる為、気分転換も兼ねての登校。
 恭也は前期で日程計算を間違え、出席不足による登校である。
 とは言っても、授業内容がもう三人には関係無く、教室の雰囲気も異質な為に実際登校した所で――――




「………………正直、暇だ」
「お前……もう少し場の空気読めって」

 起床から数分後。
 椅子に座り腕を組んだ恭也が、勉学に勤しむ雰囲気をブチ壊すような一言を、何気なく言い放ったりするような事態が起きちゃったりするのである。
 うん、そう、何気なくね。「今日って何曜日だっけ?」みたいな感覚でさ。
 当然のコトながら二人の周りで―――つーか、教室中に「ブチッ」と何かが千切れるような音が大量に響いたりした訳で。

「……何だ、今の音は?」
「………………お前は、気にしない方が良いと思う」

 間違っても他の人に聞くなよ、俺が呪い殺されるから。
 そんなコトを笑顔の下で思いつつ、赤星はおもむろに鞄を開ける。
 鞄を開けて赤星が取り出したものは、コンビ二とかにあるマグネットタイプのポケットゲームのチェス版。

「そんな暇なら、やろうぜ。椅子寄せて……あー、机端っこに寄せた方が良いか」
「良いだろう、俺の机で良いか?」
「ああ。……よっ、と。俺が白だな」

 周りに迷惑にならないように自分の机を端に寄せてから、赤星は自分の椅子を恭也の席まで持ってくる。
 ちなみに、二人の間では白は赤星、黒は恭也という暗黙のルールがあるのだが、それに関しては今回はノータッチで。
 ……赤星も場の空気読んでないんじゃないでしょうーか? っていう突っ込みは無視の方向でいきますので。

「よし……お願いします」
「……全力で来い」

 無駄に硬い開始の合図。
 つか、これからチェスやるようには聞こえない。




「二人して何やってる―――って、マグネットゲーム? うわー、随分地味なチェスやってるね」

 派手なチェスってあんのかよ。何、微妙に伏せないけどU戯王とか?
 そんなことはどうでも良いとして、ようやく起きたのか忍が二人の下へと寄って来た。

「ああ、月村おはよう。……っと、チェック」
「む。しかし……いや、ここは。起きたか、月村」

 赤星はナイトでチェックを宣言しつつ、手を上げて爽やかに挨拶。
 一方で恭也は、視線をマグネット盤に置いたまま口だけで挨拶。
 本人の性格が良く表れた挨拶である。
 ちなみに盤上は、恭也がやや不利な状況か。

「へー。……ねぇ、なんでまたチェス?」
「将棋や囲碁はやる前から負ける気がしてな。オセロとか麻雀はマグネットをなくしやすいし」
「あー、確かに。将棋とか囲碁は恭也の独壇場っぽいもんね」
「別に強くは無いんだが…………」

 雰囲気的に強そうなんだよ、キミは。
 だって、趣味盆栽だしー、正直言って枯れてるしねー、とは某三つ編み眼鏡少女の発言。


「……ん?」
「どした?」
「いや、何か不快感が。……とりあえず、今日の鍛錬の密度は濃くしておこう」

 それは八つ当たりだ。




 ―――忍が目覚めてから、数十分後。

「…………ねぇ」
「何だ」

 椅子に肘を付け、その掌に顎を乗せながら忍は不思議そうに口を開いた。

「なんでさぁ、恭也はクイーン使わないの?」
「そうだよな。コイツいざという時ぐらいしか使わないんだよ。勿体無い」

 チェスにおいてクイーンは最も攻撃的な駒である。
 攻めるにも守るにも、非常に重宝する駒なのである。
 ちなみに、初心者は調子に乗って失いやすいので注意が必要なのだ。

「いや……大した事じゃないんだが。クイーンは女王だろう? その、なんだ、女性に前線で戦わせるというのはな……」
「「ぷっ」」

 恭也の発言に二人の口元が緩む。
 当然のことながら顔には笑みが浮かんでいる。
 やばいよ、この子紳士よ紳士。それも英国紳士、ジェントルマンよジェントルマン。

「……笑うのは失礼だろう」

 さすがに気に障ったのか、むっとした表情で二人を睨む恭也。

「――――っく、すまん、すまん。いや、お前らしいよ」

 口を抑えて、悪かったと謝る赤星。
 口元はまだ笑っているが、目はすまないといった感じで告げている。
 切り替えの速さは、さすがは風芽丘一のナイスガイといったところか。

「……………………………っ」

 ちなみに月村忍嬢は口を抑えて蹲っている。
 笑い声を上げないように努力しているのは周りへの配慮か。
 今更無駄な話ではあるが、こういったものは気持ちが大切だろう――――


「―――――っ。だ、駄目っ、あはははははははっ!!」

 限界突破。
 月村忍オーバーリミットしました。
 抑えていた笑い声が口から漏れました。もうダメです、たいちょー。

 ――――ぶちぶちぶちっぃ。
 やっぱりというかなんというか、当然の如く教室中にさっきの数倍のチューブが千切れるような音が響いた。

「月村……。五月蝿いから黙れ―――これで、活路を見出せるか……?」
「あ……。悪ぃ、チェックメイトだ」

 きっと人間の理性の紐が切れる音ってこんな音なんだろうなぁ、と赤星は頭の中で考えつつ試合終了を宣告した。








「あ、あのー。それで、なんで先輩方がうちの教室に居るんでしょうか……?」
「あ、あはははー。なんでかなー」

 3−Gでなんかのなんかが大量に千切れた後、恭也達三人は那美の教室へとやって来ていた。
 校内でも有名な赤星・恭也のコンビにクラスの女子から様々な視線が集まるのは、まぁ、仕方が無いことで。
 どうしてこうなったかと言うとかくかくじかじかで。


 真面目に書くと、忍が限界突破した後、当然ではあるが学級委員長から教室からの退去を三人は命じられた。
 食堂は昼休みと放課後以外は解放してない為、行ける場所は屋上か図書室に限られてくる。
 季節は冬の為、屋上は自殺行為だし、図書室は教室以上に静かに過ごさなくてはならない。
 教室ですら締め出された人間に図書室などという異空間を耐えられる物か。
 家無き子となった現状を打破しようと、藁を掴む思いで学校内の知人にメールを送った所、運良く神咲那美から良い返事が返ってきた。

『奇遇ですねー。私も古典の大木先生が急病で早退したんですよー、だから今教室でのんびりさせてもらってるんですよー』

 那美からしてみれば、自習の暇な時間の間メールで世間話でもしようと軽い気持ちで送ったのだろう。
 だが、しかし今の彼らは家無き子。居場所を求めて彷徨う子供達である。

「那美が今自習だって。だから、行くよ二人とも」
「「へ」」

 余りに唐突な忍の提案に思わず、すっ呆けた声を出してしまった赤星と恭也。
 極めてレアなシーンだったりするのだが、それは置いといて。

「いや、しかし……那美さんにも都合が……」
「廊下でチェスやる気なの?」
「よし、行こうか高町? 売店で何か買って行くか」
「生徒会室にお茶請けがあるはずだ。学び舎を支える生徒の為、ありがたく頂戴していこう」

 男二人が廊下で寂しくマグネット版のチェスをやる姿を想像したのか、二人とも即答。
 廊下でテーブルゲームほど寂しいものはなかったり。


 して、今に至る。

「うう……。まさか、教室まで来るとは思いませんでしたよー」

 集まる好奇の視線が気になるのか、顔を赤く染めて俯く那美。

「あー、ゴメンね。ほら、那美とちょっと直接話がしたくて」

 俯く那美を慰めつつ、忍は恭也と赤星に視線を移して、自分の携帯を投げた。

(ちょっと、恭也も手伝ってよ)
(……俺か? 俺は口下手だ、赤星がやった方が)
(お前がこの子達の相手してくれるのなら、やるけど?)
(すまん。俺がやろう)
(携帯に言う事メモにして保存したから、それ言うだけで良いから)

 ちなみにこの間は全てアイコンタクト。
 この辺の意思疎通は馴れたものである。
 恭也が渡された携帯のディスプレイを見ると、これまでの経緯を那美のご機嫌を取れるようにかつ丁寧に説目した文が入っていた。

(月村っ。長いっ。要点だけに絞っていいか?)
(オッケー。任せたよ、ちゃんと宥めてよ)

 任せろ、と目で忍に合図して恭也は那美へとそっと近付きその肩に手を乗せた。

「那美さん……」
「あ、恭也さん」
「すみません、突然教室までやって来てしまって……けど」

 一瞬だけ、忍に視線を運ぶ恭也。
 やるのか。やっちまうのか。




「俺は、貴方に、どうしようもなく、逢いたくて……っ」

 恭也君、端折り過ぎ。
 要所っつーか、一単語ずつ抜き取っただけじゃねぇか。
 ちなみに本当の文章はと言うと、俺達は教室をやむを得ない事情で……めんどい、ので割愛。




「――――――え、あの、その……え、ええっ、あう、あうあうあう」

 数秒固まった後、意味を理解したのか真っ赤になった那美。
 現在那美ビジョンには、薔薇を咥えた恭也の姿が映っているコトだろう。
 そこ、古いとか言わない。

「すみません……勝手ですよね」
「あ、いえっ! そ、そんなコト無いですっ……あの、嬉しいです私っ!!!」
「本当ですか……?」
「は、はい。本当です……」

 目を合わせられなくなったのか、再び俯く那美。
 恥ずかしくて顔から火が出るというのはまさしくこんな感じだろう。

(いかん……不安にさせたか。いや、愛想が足りないだけか……?)

 それを上手い具合に勘違いしたのは、我らが鈍感朴念仁高町恭也。

(俺にも、赤星ように女性を扱えれば――――赤星のように……? そうか、これだっ)

 ほんの刹那、名も知らぬ女生徒の相手をしている赤星を見て――――








「……ありがとうございます」

 必殺赤星スマイルで微笑み、精一杯の感情を込めて――――そう、言った。





 ――――ぼんっ。
 あ、逝った。
 教室内の女子生徒の多くが今の笑顔で惚れ逝った。
 彼女達の脳内では、“高町恭也×感謝の言葉×赤星スマイル=無限大”の方程式が成立しているのだろう。


「んー、これで良いのかなぁ……」
「まぁ、神咲さんも許可してくれた訳だし、とりあえず休ませて貰おうぜ」
「そ、だね。あー、アレはやばいよぉ、恭也。心臓止まりそうだよ」

 上気した頬と動きの激しくなった心臓を抑える忍。
 その姿は一生懸命恋する純真な乙女のようで。
 そんな忍に一目惚れした、男子生徒が多数居たり居なかったり。

「月村でもか? ……桃子さんに見せたらどんな顔するかなぁ―――っと、まぁ良いや。高町ー、やろうぜー」
「ああ。今度は負けん、そして昼飯は俺のものだ」
「クイーン使わない奴になんか、負けるかよっ」

 そして、何事も無かったように適当な机を借りてマグネット盤に駒を載せていく二人。
 実は赤星も周りの空気を読むのは苦手なのかもしれない。
 いや、恭也の図太さが感染したのかもしれない。

「よしっ、お願いします」
「……ふっ、掛かっ『きーんこーんかーんこーんっ、きーんこーんかーんこーん』――――」

 やっぱり無駄に堅苦しい開始の合図の途中で、無情にも授業終了のチャイムが鳴った。
 神様はあんまり優しくないらしい。
 やっぱり信じないと救われないみたいよ、お二人さん。


「……昼飯、行くか?」
「そう、だな」

 のそのそとマグネット盤を片付けて、教室から出て行く二人。
 チャイムの音で、女子生徒も何人か冥土から帰ってきた模様。

「……月村? 行くぞ、多分フィアッセがやって来る」
「―――え? ああ、うん。今行くー」
「無事に教室に戻れるかなぁ……? って、もう来てるよ」
「あっ、恭也――っ! 勇吾――っ! 忍――っ!」
「うわっ、飛びつくなフィアッセ」




 これも彼らの学園生活。
 最後まで楽しんでみようと決めた学園生活。
 そんな生活のうちのたった一コマ。そう、彼らのある時の自習の過ごし方。
 たった、それだけ。
 それだけなのに、何処か楽しい。
 ああ、俺も楽しめているのだ、この生活を。この、学園での日々を。




「ねぇ、恭也」
「なんだ、フィアッセ?」
「―――――――――学校、楽しんでるっ?」


 その答えはきっと満面の笑顔と共に――――――








 ぼんっ。
 いやだから、赤星スマイルすんなって。





初版 2005/1/25

二版 2005/1/29



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