月は隠れ、まだまだ陽が世界を支配する昼下がり。
 教室の片隅から差し込む光は、優しいながらも力強く、部屋にぬくもりを運んでいた。

 風が流れる度に、カーテンが捲れ部屋の中に夏の気配を配りだす。
 遠くから聞こえるのは、若者達の生気に満ちた声。そして対照に、部屋に響くのは妖美な声。
 部屋から伝わる気配は二つ。共に制服を着た、この学園――私立風芽丘高校――の生徒。
 遠ざかる喧騒を耳に入れながら、二人は互いに目配せをして席を立ち、そして―――――




 少女はゆっくりと、少年の前に跪き、上目使いに少年を見上げて。
 己がすべきコトを、ゆっくりと実行し始めた。

「…………ん。ん、ちゅ……はぁ――――む、ん、はぁ―――」

 初めは戸惑うようにゆっくりと。だが段々と、行為は優しく包み込むように大きく。
 少女の顔が動く度に、後ろ髪と共に束ねた綺麗な鈴の音が、ちりん――と、鳴り響く。
 その音は空間を弾ける度に、辺りを清浄していく。それくらいに綺麗で。
 ああ、まるでこれは―――鈴が生きているのでは、と。
 漂う空気を嫌悪してるかのように、鈴が幾度も音を鳴らし響かせる。


 ―――――ちりん。


「―――――んんっ、はぁ……んっ、ぺろ……ん、ちゅ――――ぁ、あ、相、川…………あまり、動かすな」
「……何、言ってるのさ、御剣。好きなくせに、それっと……」
「んんっ……!! ん、っぁ、はぁ、や、やめ――――ん、ちゅ……」

 少女の口から零れたのは、彼女の凛々しい姿には不似合いな、卑猥な言葉と艶らしい水音。
 零れる吐息は焼け付くように灼く。どくんどくん、と鳴り響く心臓の鼓動が興奮に拍車を掛ける。
 目の前の光景は、己の心を滾らわせる最高の興奮剤カフェインだった。

 僅かに手を伸ばせば。僅かに腕を広げれば。僅かに足を踏み出せば。
 触れるか触れないかの距離でありながら、少女の体温を少年はどうしようもないくらいに感じていた。


 開いた唇から僅かに覗く舌が、真一郎の情欲をさらに強固なモノにする。
 空を舞っていた吐息が肌を掠る度に、全身が震えた。灼くて、溶かしていきそうな彼女の風によって。


 身体を焼き尽くすかのように、血潮が駆け巡る。
 脳内を溶け焦がすかのように、思考が溺れ沈む。


 あの、御剣一角が自分の足元に跪ついて、懸命に奉仕しているのだ。
 周りには決して弱さを見せない、強くて真っ直ぐで立派な彼女が。
 そこにあるのは何とも言えない制圧感と達成感。
 それこそ脳が蕩けて、天国までイッてしまいそうなくらいの甘美な感情が。

「――あい、川……もう、少し、んちゅ……っあ、ぷ、んん、……っ、はぁ」

 水音と混ざった吐息。
 色付いた声で、自分の名を呼ばれるコトが、こんなにも心臓が踊り狂すなんて。

 羞恥に染まった素顔。
 一心不乱に一点を見続けるその瞳は、楽園の禁断の果実だった。

 ああ。もう、どうしようもない。
 どうしようもないくらいに。
 ―――――身体は暑く、頭は熱く、心は灼かった。

 ―――どうしようもない、気持ちが。
 ―――どうしようもない、ココロが。


 ひどく。
 ひどく、頭の中を支配していた――――――。








 だが。




「―――――あ? いや、あのよ、何やってんの? アイスキャンデーなんて咥えて。へんたいさん?」

 コンビ二の袋を片手に持った端島大輔が、その空気をカチ割った。








TRIANGLE HEART / Another Side Story。

BRAVE GIRL IN SUMMER。








 大輔の突然の襲来によって、ぴたり、と二人の動きが止まる。
 二人を襲い掛かる感情は、驚愕か憤怒か、それとも羞恥か。





「んちゅ―――っ、ずず……んっ、は――――――ぁ」
「そう。うん、もっと奥まで咥えて」
「―――――つーか、無視かよこのクソ餓鬼ィ」

 放置だった。
 結構あんまりなコンビプレイだと思った人は少なくないはず。
 でもそこは漢・端島大輔、この程度の放置遊戯には揺らがない。
 っていうか、良くあるしな。日常茶飯事だ。もう慣れた。こんな大人は嫌だ。


「……で、何やってんの? お前等」

 コンビ二のビニール袋から、電子レンジで加熱されたばかりと思われる中華飯を取り出しながら大輔が真一郎に問う。
 ちなみにこの中華飯、白米の量の割にあんが多い。
 つまりどういうコトかっつーと、くどい。朝会の教頭の話並みにくどい。


「あー、いや、なんて言うかね。マスターとスレイブ?」
「相川、端折り過ぎだ。その、端島な。何と言うかな、こう―――敗者に掛ける情けは無いというか、負け犬に用は無いというか、勝者の特権を行使していたんだ。ついでに言うと、お前にも用は無いんだけどな?」
「…………あー、悪ぃ。さっぱ分かんねぇ」

 先割れスプーンを咥えながら、大輔はワンスアゲインといった感じで、問い直す。
 実際のトコ、そんなファンシーな仕草は行ってないが。つーか、やってたらうざい。

「まぁ、とりあえず今は御剣に美味しくアイスキャンデーを、“俺が”食べさてあげてる訳さっ」
「あー、そうっすか。妙な性癖持ってんなぁ、相川。……俺には、分かんねぇなぁ……」

 首を傾げ、正直な感想を言ってはみたが、だからと言ってなにか変わるわけでもない。
 大輔は中華飯の最後の一口を口に入れ、お茶で流し込んだ。
 うむ、ペットボトルとは言え、食後のお茶と一服は格別だ。
 そんな癒しタイムに突入した大輔に向かって、真一郎が口を開く。

「はっ、ダメだね大輔。全く、そんな個人的な意見は聞いてないって。良いか、大輔? その理想で、どれだけ彼女が泣いたと想ってる―――――――!!!!」

 無駄に熱い台詞で力説。
 頭は揺らがず、瞳は真っ直ぐに。
 肩に置いた手は、強く握り締めて。

「……いや、んなカッコつけたコト言われてもなぁ。どーよ? 御剣的に今の発言はよ?」
「―――――っ。相川……」
「ときめくのかよっ!? 今の発言で」

 忍者には効果覿面らしいよ。
 聞いてるこっちが恥ずかしいくらいの熱血系台詞。


「分かるだろ? 大輔。さぁ、大輔もその心に眠る魂を……!!」

 真一郎の魂の力走は止まらず、大輔をも巻き込み始める。
 なんか色々とやばい方に血走った眼が正直怖い。今なら、浮気相手を刺しそうだ。
 逆らったら何されそうな分からないので、恥じらいを残しながら従う大輔。
 先日読んだ、少年誌の漫画から台詞を拝借して――――。




「………………んんっ! あー、その、うむ、なんだ。……地まで堕としたその口が何を語るッ!?」

 オールバレルオープン。フルショット。
 我が人生に悔い無し。
 さぁ、この言葉。心に響かないはずがないだろう?







「………………寒っ」

 えぇ―――――っ。
 さっきまでの情熱は何処に逝ったのか、冷静に切り捨てる真一郎。
 うわ、コイツヤベぇよ的な冷めた目線が痛い。

「相川、そうやって真正面から斬るのは良くない。例え、発言の内容がどれだけ聞くに堪えないモノだったとしても、な? 湧き上がってくる負の感情をなるべく包んでしまうような言葉を選ぶべきだ」

 さすがに真一郎の言動に呆れたのか、大輔にフォローを入れようとする一角。
 眉間に皺を寄せ、思案を開始。

「例えば?」
「そうだな……。ふむ、端島。その、今の発言は、中々に」
「ンだよ?」

 一角は慎重に言葉を検索し、査定していく。
 慎重に。冷静に。正確に。
 慎重に。冷静に。正確に。
 針の穴を通すかのように精密に。
 ドモホルンリンクルを作るように厳密に。
 そして、言葉は見つかった。






「―――――――――キモイ、な」
「うわー、ぱちぱちぱち。何、その優しさ皆無のバファリン」

 良薬口に苦し。昔の正露丸みたいだねっ。






「まぁ、要約すると俺が御剣に絶対服従件を持ったっていう話なんだけど」
「最初からそう言えよっ。って、うわ、茶零れた」
「―――っ、汚いな端島。気を付けろよ。端島汚い」

 御剣さん、何気にそのアクセントの付け方はひどいと思うんだ。
 あと、眼差しにちょっと侮蔑入ってるのはなんで?

「お前、そういう言い方すんなよ。あー、つーと、アレか? こないだの試験で賭けやってたんだっけか、お前ら」
「そうそう」
「へぇ。……んじゃ、俺も混ぜろよ」
「はぁ?」

 大輔の突然の提案に思わず、何言ってんのコイツみたいな声を上げる真一郎。
 それも仕方が無いコトだ、真一郎と一角の両名の学力は平均的に中の上をキープしているが、大輔は違う。
 大輔は上の上だ。尻から。要はバカだ。風芽丘の赤点ストライカーだ。
 そんな奴が、俺の方が頭良いから勝負しようぜなって言ってきた訳だ。
 そりゃあ、誰だって笑顔に混じって嘲笑も混じりますよ。

「―――――ほう。覚悟は良いのか、端島? お前の全てを私は奪うかもしれないんだぞ」

 ものすっごい不敵に笑う御剣一角。
 笑顔の下になんか色々混ざってる感が見え隠れっつーか、全開。ぶっちゃけ怖い。

「上ー等ぅ。安心しな、御剣。俺が勝っても、お前の穴を貫かねぇからよ」
「……大輔、イエローカード。減点3」
「煤i゜д゜」

 下ネタ厳禁。
 風芽丘風紀委員は風紀強化月間実施中です。










 で。


「――――――んんっ、ずず……っ、ぁは、ちゅ―――――や、やめろ、端島――――」
「イヤダ。口ん中に、もっと熱いのブチ込むぞ?」
「んん――――っ!! っ、あ、ふ……っ、……ん、んん―――」

 大輔が一角の口の中に熱くて固いアレを、半ば無理矢理に突っ込んでました。

「だ、大輔? 何、突っ込んでるのさ。激しく、アレだよ?」
「あー、おでん。コンビ二行って買ってきた。全種類コンプで」
「うわー、本気だね。つーか、この季節によく売ってたね? ま、良いや、俺もー」

 大輔の行動力に呆れつつも、アイスキャンデーを一角の口の中に突っ込む真一郎。
 いや、まぁ、どっちもどっちだけどな?

「は、ぁ……ん――――んんっ、ずず、っあ! ん、んんっ!! はぁ、む、んちゅ……ぁ、ふぅ――――」

 抗議する暇も無く、口にアレとかソレを突っ込まれる一角。
 すまない、敗者に掛ける情けは無いんだ。許しておくれ、よよよ。


 一角の口に色々突っ込みながら、何かを思案する様子の大輔。
 それが気になったのか、真一郎が声を掛ける。

「大輔? どーかした?」
「ん? ああ、いや、なんでもな……あー、いやいや、なんでもある」

 真一郎を見て何かを閃いたかのように笑う大輔。
 その笑顔は汚れを知らない少年のように輝いていて。

「相川、同時とかどうよ?」
「……良いね。新たな発見があるかも」

 主に一角がだけどな。
 答えを聞いた大輔は、笑顔を更に咲かせて――――




「――――いや、お前にな」
「 ゜ ゜( д 」

 最終兵器アルテマウェポン直撃。
 穢れ無き純白はいつの日か誰かの色に染まるんだよ。

「えっ、いや、ちょっと、そんな罰ゲームありなのっ!? つーか、俺、別に負けてなっ!」
「まぁまぁまぁまぁ。とりあえず、捻じ込んでみよう」
「―――――ふ、んんっ!! ちょ、だ、大輔っ!? 熱っ、あ、冷たっ。んんっ……、はぁ――――」

 青春の暴走は止まらない。夏は少年少女を積極的にする。
 ああ、若人よ、青春を謳え。

 日々は尊く。
 日々は空っぽ。
 刻むのは空白か、それとも――――。




 まぁ、なんにせよ。
 彼らの夏はまだ始まったばかりだ―――――。








 後日、端島大輔は語る。

「……………ものすっげぇ、エロかった」

 それはどっちが?




 この話を聞いて、千堂瞳が相川真一郎を襲ったというのは風の噂。






 風の噂だってば。






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