「ありやとやんした――――っっ!!」

 陽の光が落ち、月明かりと街灯が薄っすらと道を照らす中、威勢の良い店員の声に見送られ暖簾を潜って店を出る人影が二つ。
 一人は大柄ではあるが、何処か子供臭さが抜けていない男。
 もう一人は大柄の男の腰までの身長しか無いにも関わらず雰囲気は既に成熟された老士のような静けさと威厳を持った少年。

「ふぃ――っ! いやあ、京都で食ううどんってのもなかなか乙なもんだなっ、恭也!」
「……ああ、なかなかの味だった。関西は薄味だと聞くが、ダシが効いているのか俺としては申し分無い。正直言って、好みだ」

 さてこの二人。言うまでも無く、我らが士郎と恭也である。
 満足げに腹をさすっている士郎と、食後の感想を冷静に述べる恭也。毎度のコトだけど、この二人役割変えた方良くねぇ?






TRIANGLE HEART V / Another Side Story。

A Happy Days Smash!







 さて、現在この二人は修学旅行生で溢れ返る、古都―――京都に武者修行の一環としてやって来ていた。
 この旅、武者修行(要は遠隔地での鍛練だが)と称しているが本当のトコそれは建前のような気がしてならない、と最近恭也は思うようになっている。
 だって、士郎のバッグには食い物関係のガイドブックしか入ってないんだもん。
 だが、鍛錬は確かに行うので表立ってそれを言うことはなかった。
 例えそれが、一日3分の柔軟体操だけだとしても。

「そうか? 俺としてはなんか物足りない気がするがな。思わず醤油とラー油入れそうだったぜ」
「アンタそれは思っても絶対すんなよっ! ……まあ父さんの場合は、濃い味付けのが性にあうんだろう。関東なんかは濃い味付けが多いと聞くし、甘党だし、酒好きだし、時間にルーズだし、金もルーズだし」
「ああ、そうか。……って、お前それ、関係無いよなっっ!!」

 歩きながら二人は先程食したうどんについて評論する。
 仕事柄全国を渡り歩く為、2人はちょっとした舌を持っていた。
 特に恭也は天性の味覚があるのか、その年に似合わぬような慧眼を持ち合わせている。
 皆爺むさいとか言っちゃ駄目だからな。

「……そんなもんかねー。っと、さて、飯の話はここまでにして次の行き場所でも決めるとすっか?」
「そうだな。どうするんだ父さん? この前はサイコロの出た目で行く場所を決めたが今回もそれでいくのか?」
「いや、あれは駄目だ。行く先がある程度予想出来てつまらん、誰だあんなつまんねぇの考えたの」
「アンタだ、アンタ。……じゃあ、結局どうするんだ? まさか、普通に行きたいトコ行く訳じゃ無いんだろう」

 恭也の言葉に士郎がニヤリといった表情を浮かべる。

「ふっふっふ。今回はちょっと趣向を凝らしてこんなものを用意してみた」

 そういって胸のポケットから取り出したるは一枚の折りたたまれた紙。
 それを恭也は受け取って目の前で開いてみた。するとそこに書いてあるのは―――――

「―――日本、地図……か?」
「そうだ。今回は飛針をそいつに向かって投げ、刺さった場所が目的地って寸法だ! どうだ? おもしろそうだろ?」

 胸を張りえらそうにふんぞり返る士郎。だが、恭也はそんな父を無視して地図を眺めて、一言。




「ああ、ダーツの旅か」
「お前、人を萎えさせる名人だよっ!!!」

 恭也君は最近つれないんです。

「――――なあ、父さん。この地図が日本地図なのは分かったが、この左端に映っている明らかに地続きでない地域は何だ?」
「あ? ……そりゃ、お前中国に朝鮮、韓国あたりだろ?」

 何言ってるんだ、このバカ、と言わんばかりに肩を竦める士郎。
 だが、恭也だってそんなことは知っている。
 恭也が言いたかったのはそこじゃない、バカ。

「そうじゃなくて、なぜこの紙に映っているんだ?もし飛針がそれてこの地域に刺さった場合……本当にそこに行くのか?」

 問題はここだ、バカ。
 恭也に突っ込まれ、僅かに瞳を閉じる士郎。
 なんだよ、そんなコトかよと内心思いつつ、父は息子に答える。




「………………行くだろ?」
「……行くのかよっ!? ……って、せめてこっち見て言ってくれっっっ!!」
「もし当たれば……だ。あくまで、もし、だ。大体お前じゃあるまいしそんなトコ刺さりゃしねえよ。お前も相変わらず心配性な奴だねぇ……。ほれ、いいからさっさと壁にそいつを貼り付けろ」
「くっ……分かった」

 そう言う士郎の言葉に渋々といった感じで恭也は従い、紙を壁に貼り付ける。
 これをする、と言った士郎には何も通じない。
 それはこれまでの旅で十二分と身に染みた。

「ったく、俺がそうそうミスってたまるかよ。……よし、今居んのが関西だろ? なら、次は九州あたりでも狙うか。もうじき冬だしな、北国だけは勘弁してほしいところだが……」

 そういって胸から飛針を一本取り出し、上唇を一舐めする士郎。
 そして、胸を張り、腕を大きく振り被って―――――――

「―――わうわうわう!!!」
「どわっ!! 汚ねええっっ!! こいつ俺の脚にションベン引っ掛けやがった!! ……って、あああっっっ!!???」

 腕を振り下ろして飛針を投げる、その瞬間に、会社に捨てられ、女房にも捨てられたおっさん―――もとい、犬っコロが士郎の脚を強襲した。
 その攻撃で驚いた士郎の腕から放たれた飛針は、当然狙った方向に行くはずも無く……。

「さ……刺さっ……ちゃっ…………た……」
「待てっ!! 今のは不可抗力だ!! 今ならまだ間に合うはずだ!!! ノーカンッ!!!」

 呆然とする士郎の体を、凄ぇ必死に恭也が揺さぶる。
 ちょっと恭也くん、それ以上やったら魂抜けるってばよ。

「はは…………言っちゃったよ……俺。……刺さったら行くって、さぁ!?」
「冷静になってくれ父さん!! もう一回! 三秒ルールだったし。もう一回投げよう!! なっ!? あれ、絶対オフサイドだってっ!!!」

 恭也の知識を総動員した必死の説得に聞く耳を持つことなく、士郎は壁に張ってある紙に向かってゆっくりと歩いて行く。
 そして刺さった箇所を確かめ、飛針を引き抜いた。

「恭也……次の行き先が決まったぞ」
「言っちゃ駄目だ!! 言ったらお終いだぞ、父さんっっ!! スーパーひとし君無くなっちゃうからっ!!」

 士郎は俯き、重苦しい口を開けて、自らの死を宣言するように――――――





「………………ロシアだ。……それも北東部」
「勘弁してくれええぇぇぇっっっ!!!!」

 ―――――2人の目的地がロシアに決定した。






「…………寒い」
「ああ、寒いなっ。何たって冬のロシアだからなっっっ!」

 ――――ロシア。
 レッドサイクロンの人の国に二人は来ていた。
 レッドサイクロンが分からない人は先生に聞いてみれ。
 結局あれから士郎が意見を変えることは無く、ロシア行きは決行された。
 まず、士郎は北海道に行き、北見近くの山小屋に向かいそこに滞在する間、どういうコネがあったかは知らないが密航船を手配し、最寄の港からロシア北東部に上陸したっつー訳ですよ。
 道中、恭也にさんざか「密入国だ!」などと罵倒を受けた士郎だが、何とか無事上陸してしまったあたり、只者ではなかった。
 御神の名は伊達じゃない。

「おい、恭也見ろよっっ!!」

 震える恭也に何故かハイテンションで絶好調の士郎。

「わははははっ!! バナナで釘が打てるぞっっ!! すげえええっっっ!!」

 ―――――ガンガンガンガンガンガン!!!
 狂ったように釘をバナナで打ち突ける自称永遠の20才不破士郎。
 それを見た恭也は頭を抱えたくなった。

「やべぇ、これ俺のゲイボルクでも打てんじゃねぇのかっ! おい、恭也っ。やって良い? 良いか、オッケェイっっっ!!!」
「頼むから止めてくれ。銃刀法じゃなくて猥褻物で捕まってしまう……。バナナで我慢してくれ」
「ヒャッホウッ!! うははははっ、面白ぇな、おいっ!!!」

 ――――ガンガンガンガンガンチーンガンガンガンガン!!!
 自称永遠の20才、不破士郎。体は大人、心は小学生で出来ていた。

そうして恭也はしばらく士郎を放って置いたが、士郎は今度は何を思ったかバナナを捨て脱力したように近場に腰を落ち着けた。

「おいっ、なあなぁ、恭也っ!?」
「……何? 父さん」








「………………飽きた」
「ホント勝手な人ですねアンタはっ!!」

 響き渡る絶叫。恭也、正直しんどい。

「……父さん、帰ろう。早く日本に帰りたい、日本が寂しいいんだ俺はっ……!!」
「恭、也……」

 感情を込めて叫ぶ恭也。
 父親の士郎ですら殆ど見ない、自分の気持ちを前面に出した叫び。
 きっと自分は知らないうちに、甘えさせるコトを禁止していたのだろうと士郎は思い、恭也の頭を撫でる。

「……父さんっ、和食が心寂しい。ああ、風呂にも入りたいな、銭湯に浸かってゆっくりと。そういえば、大相撲もそろそろ始まってるじゃないか、『週刊漢の釣りマガジン』や『盆栽大王』も発売されてるじゃないかっ!」

 訂正。やっぱお前爺だ。






「しゃーねぇな、帰るぞ、恭也」
「……え、良いのか、父さん。けど、どうやって……?」
「どうやって、って。お前、決まってんだろーがよ」

 そう言って、歯を光らせながら得意げに日本地図を取り出す士郎。
 まさか。
 まさか、か。
 ダーツの旅再び。

「お前ふざけんなよっ!!! これやってロシアまで来たの忘れたのかよっ、父さんっ!!」

 激情に任せて、士郎の胸倉を掴む恭也。
 おーい、仮にも相手は親だぞ。

「大丈夫だって、お前じゃあるまいし、俺がそうそうミスるかよ」
「アンタ同じコト京都で言ったからねっ!! どーすんだよ、また変なトコ刺さったら―――って言うか、これ世界地図になってるじゃねぇかよっっ!!!」
「んな小さいコト気にすんなよ」
「デケェよっ!!! これ、ヨーロッパとかに刺さったらどうするんだ。行くのかっ!?」








「………………行くだろ?」
「行かねぇよっ!!! って言うか、何でまた目ぇ逸らすんだよっ!!! 何で二度目なのにまた迷ってんだよっっっっ!!!」
「あっはっは、なんだ絶好調だな、恭也」
「お前のせいだよっっっ!!!」

 アンタッチャブル・柴田並の勢いで突っ込む恭也。息切れまくり。
 そんな恭也とは裏腹に飄々と地図を張り準備を進める士郎。
 鼻歌なんかも歌っちゃってそれはもう絶好調。

「ふーんふーん、ふふふーん、ふんっ♪ さぁ、恭也、ショータイムッ!!」

 腕を廻して、大きく息を吸い振り被る士郎。
 意識を研いで、目標を補足し、仮想完了。

「行くぜっ、ドイツでビールが飲みてぇっっ!!!」
「お前、やっぱりヨーロッパ狙ってんじゃねぇかよっっっ!!!」

 士郎が飛針を放した瞬間、同時にそれを阻止せんと恭也が飛針を投げ放つ。
 要は刺さらなきゃ良いんだ、地図から外れればノーカウントでもう一回だ。

――――きぃん。

 互いの手から放たれた飛針は、空中で互いに交わり方向を転換し地図から軌道を逸れていく。
 そして、飛針が氷を貫き、地面に刺さるのを恭也は確認して士郎へ向き直る。

「ふぅ……。いやぁ、惜しかったな、父さん。だが、地図に入っていないからもう一回―――「ザシュ」―――え?」
「…………あ、ああ、刺さっちゃたよ」

 残念だが、恭也が地面に刺さったのを確認したのは一本のみ。もう一本は――――








「――――刺さってる。軍用機に」
「色々おかしくないかっ、それさっっっ!!!?」

 丁度偶々偶然にも近くに停泊していた、ロシア空軍の軍用機に刺さってしまった運命の一針。

「……父さん、ノーカンだろ?」
「……刺さっちゃったよ。……やべぇよ、もうルール変えらんねぇよ……」
「大丈夫だっ、父さん、誰も見てないっ。オールグリーンだっ!!!」

 やっぱり必死の説得を行う恭也。
 対して、士郎は膝を抱えてガタガタと震えている。

「軍用機って免許居るんだっけか……あー、でもなんか襲ってきたら打ち落とせば良いじゃんか……」
「こんな時だけ、さりげなくポジティブにならないでくれっ!! 無理、無理、無理だってっ!!!」
「……恭也。御神に敗北は無い、軍人が相手でも奪ってみせろ……!!!」
「勘弁してくれえええぇぇぇっっっ!!!!」

 ―――――二人は日本に帰るコトなった。軍用機を強奪して。










「……恭也」
「……どうした、父さん」
「俺達、人生ゲームで人生決めようか」
「勘弁してくれ……って言うか、後方からまた来たっ、早く逃げろっ!!!」

 父との日々はまだまだ終わらない。
 だから、楽しめ恭也。今を。残された僅かな父との時を。
 ただ一つ憧れた、父の背中をその瞳に焼き付けておけ。
 父の生き様を。
 その心を。
 その魂を。

「おーい、恭也」
「何? 今、忙しいんだけど―――って、うわ、やっぱり撃ってきた」
「人生、楽しんでるぅ?」
「アンタがそれ言うなっっっ!!!」

 今持ってる宝に気付くのは、きっと失ってからだろうけれど。






―――あん、えぴろーぐ。


『―――本日9時頃、大手機械メーカー『クボタ』の旧神崎工場周辺住民のアスベストによる健康被害問題で、工場から半径500メートル圏内での……』


「静馬さん、兄さんと恭也は大丈夫でしょうか? もう一ヶ月ほど連絡が取れないなんて ……」
「ははは、心配はいらないさ美沙斗。義兄さんがついてるんだ、滅多な事はないよ」

『―――フジモリ元大統領が今年5月に旗揚げした政党「シ・クンプレ」のペルー側代表で……』

「ですけど……!」
「そう気を荒立てるなよ。まあ、お茶でも飲んでだなぁ……」

『―――――緊急速報です。東洋人男性2人組がロシアでハイジャックを起こしたコトで、日本政府に協力要請を……』
「……? ハイジャック……ですか? ……ずずず……」
「東洋人男性の2人組か……ずずず……」
『―――調べによりますと、この二人は日本国籍であることが判明しており、容疑者の名前は不破士郎、不破恭也と親子であることも……』
「「ブ―――――――――――――っっっ!!!!!」」


その父の生き様は、こんな所にも焼き付けられているようだ。





初版 2005/8/26

二版 2005/9/3




←。