闇夜を浮かべ静寂が支配している廃墟に、鋼鉄の交わる音が響く。


 音の発生源には人影が2つ。
 一人は白銀の刃を手に、もう一人は漆黒の刃を手に。
 剣の持ち手は互いに男。顔立ちには、まだ十分に幼さが残る少年。


―――斤ッ! 厳ッ!

 二つの影が重なり、一つの影へと姿を変える。
 そこから闇夜に向かい、金属音が幾十と鳴り響く。
 斬撃、鍔迫り合い、斬撃、打撃、斬合――――と、二つの影は互いに近付き、斬り合い、離れる。
 剣戟の度に、空間を泳ぐ風が剣風に巻き込まれ、悲鳴を上げる。

「ヘっ、どうしたってーの光夜クン? 俺に殺されて終わる気かでーすーかー?」
「……冗談はテメーの面だけで十分だっつーの、漆間。動揺作戦なんて効くかダボが」
「俺の言葉が信じられないっつーの? 愛が足りない上に減らず口が叩ける……イイねぇ、たまんねぇよ、オイ! ああ、もう、真っ二つにして叩き割って、ぶっ殺して殺して殺してぇっ!!」
「寝言は寝て言えよ、発情期の駄犬がッ!」

 罵声の浴びせ合いが開戦の合図、と言わんばかりに―――二人が同時に大地を力強く蹴り上げる。
 砂が舞い上がり再度、二人の姿が夜露と消え、静寂が支配していた空間に惨殺戯曲が奏でられる。
 そして緩やかに流れる風が、再度逞しい風へと生まれ変わる―――!!


――機鬼輝ッ! 轟ッ!

 その身を用いて、刃が不協和音を轟かせる。
 空気を震わせ、世界をも恐怖させる剣戟は、止むコトを知らないかのように音を生む。
 だが、廃墟に響く耳障りなはずの音は、不思議と不快感を拭い去っていく。
 そう―――まるで、敗者へ鎮魂歌を奏でるかのように、不思議な安堵を運ぶ。


 単純な殺しの動きではなく、見る者全ての瞳―――そして、心を奪い去る、二人の動作。
 飛び散る火花が更に心を躍らせ、血を滾らせる。
 それは既に芸術的な美しささえ、持ち合わせていると言っても過言ではない。


 互いに斬り合う度に、廃墟に新たな疾風が生まれる。
 強く、逞しい二人の剣風が―――

「そろそろ逝っとくかぁ――っ、よぉ、っ!? 光夜クンってばさぁ? さあさあさあっ!?」

 黒き少年――漆間朝陽の上半身が、急激に速度を上げる。
 上体を捻り、反り、身体の内部から力を一気に爆発させ、今までの数倍の量の斬撃がその身体から繰り出される。
 まさに斬嵐。刃の風が空を駆け、死の雨が烈火怒涛と降り注ぐ――――!!!

「―――っ、ぉ、ぁぁああああっ!? な、な――ん、だ――――――っ、ぃ!?」

 その勢いに白き少年――銀光夜の動きが僅かに遅れ、その僅かな隙を漆間が逃す筈は無く―――
全身のバネを最大限に引き出した、黒き剣の刺突が白銀の剣を打ち砕く。

「―――ッ!! 偲闇ッ!」
「こんな時でも他の心配です、かぁ? しかも、道具のよッ!!!」

 突撃の衝撃を殺さずに、漆間が刹那の速さで銀の無防備な懐へと滑り込む。
 纏う空気を暴風へと変えながら、漆間は体を強引に捻り、弾丸の如く光夜を蹴り飛ばす。
 衝撃は足先から背中へと一気に貫通し、銀の身体は大きく吹っ飛び、瓦礫の山へと突っ込む。
 衝撃で瓦礫の山が崩れ、雪崩のように残骸を撒き散らすと共に轟音が廃墟に響く。

「……痛ってーな。……偲闇さん、無事すか?」

 頭を擦りながら、銀は刃が欠けた刀に向かって声を掛ける。

「―――ええ。さすがに……無傷とはいきませんが」

 銀の問いに対し、刀から美しい女性が生じ、それに答える。
 その答に銀は安堵の表情を一瞬だけ浮かべ、立ち上がる。

 呼吸は戻した。
 身体はまだ動く。
 心は錆び付かない。
 さぁ、まだ戦える―――そう語るが如く、刀を正眼に構え、怨敵――漆間へと、視線を向ける。

「……あーあ、と。いい加減にくたばってくれよ、マジに」

 その姿を確認した漆間が、頭を掻きながら実に面倒臭そうに呟く。
 漆黒の剣を肩に乗せ、銀に歩み寄る。

「だけど……まぁ、ね。あんまり楽すぎてもアレか。感動が薄いっつーか、なんつーか、その、なぁ、アレだ。つまりはアレがアレだから次で終わらせてやるよ。愛しい愛しい光夜クンってばさぁ、ねぇ―――っ!」

 そして、漆間が剣を構えた瞬間―――空間が凍結した。
 漂うの空気の全てが殺気で蹂躙され、静寂な夜を更に沈黙させる。

 銀を映す眼光は、得物を駆る肉食動物のような鋭さを持ち、純粋な殺気のみを運ぶ。
 常人であれば三秒とその空間に居られるコトが出来れば勇者と褒めても、決して過言ではない。
 それほどまでに今の漆間は―――殺したがっている。
 眼前の銀光夜を殺したがっている。

「……へっ、とんだ自信だな? クソ節操ナシの分―――」

 その空間で正常な心を持とうとした銀が、減らず口を叩く―――


 ――――瞬間。
 銀が僅かに気を逸らした一時。
 本当に僅か一刹那の間に、漆間の姿が―――消える。
 消えた、と銀の脳が認識した瞬間には、既に漆間の顔が眼前に映る。

「―――――そろそろ未練無いだろ? ……逝けよ」

 零距離からの斬撃。
 黒き剣は力強く空気を断ち切り、そのまま銀を真っ二つに切断する―――!!!

「――――――ッ!!!」

 大地をも叩き砕く一撃が、廃墟に轟音を轟かせる。
 その一撃を防ぐ術は存在せず。万物全て、一刀両断されるまでだ。


 ―――だが。

「……危っねーな、オイ」

 銀はその斬撃を躱した。
 銀がではなく―――銀の身体自身の本能が、無理矢理に躱したと言った方が正確だが。
 反らした躰を反転させ、豹の如く両足で地面を蹴り距離を取る。
 大地から投げられた砂が砂煙となり、二人の間を舞う。

「……ちぃ、俺もそろそろ限界だから、よ」

 髪を掻き上げ、ゆっくりと漆間へと振り向く。
 火照った息を吐き捨てて、口を開く。

「――――次で終焉だ。このクソ発情野朗」

 同一人物とは思えない程の冷たい―――いや、凍った声が辺りに響く。
 その声はまさに漆間と同じ―――


 ――――――銀は漆間を殺したがっている。






 これ以上無い程に空間が凍る。
 闇夜に響くのは、二人の呼吸音のみ。
 互いの神経が限界を超え、悲鳴が絶叫へと変わる。
 もう僅かな隙さえ逃さない―――まさに、“一撃必殺”を用意して。





 ――――――二つの影が互いに飛ぶ。








 ――――――そして、二つの刃は一つとなる。






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