「……なんで、こんなコトになったんだろうな」

 灼熱のような熱気を全身に浴びながら、そんなコトを今更ながら思った。
 数十分前から幾度と無く自問したかは覚えていない。それだけ、この現実が信じられなかった。

 事の発端は至って単純なので割愛。嘘だ。
 気持ち良いぐらいに晴れた休日に昼下がりに、日課である盆栽の手入れをしている最中に俺は倒れた。
 いや、正確には意識が落ちたと言った方が良いだろう。
 ……何故、唐突に俺の意識が切れたのかは分からない。
 目覚めた俺を迎えたのは、俺が生活していた海鳴の名残など一欠けらも無い異世界。
 中世ヨーロッパの雰囲気を醸し出す、アヴァターという世界。
 その世界に、俺は召還されたらしい―――――が、儀式は不完全で、過去に例の無い男性の召還だと言う。お陰で、アヴァターの世界の人間すら戸惑っていた。
 ……全く、困りたいのは俺のほうだと言うのに。

 ……あれか。日頃の行いが悪かったのだろうか。
 先日、月村の提案に対し2秒で却下を言ったのが不味かったのだろうか。いや、それとも美由希の楽しみにしていた文庫本を先に読んだのがいけなかったのか。それとも、かーさんが楽しみにしていたゼリーを食べたのが問題だったのか。いやいや、もしかしたら、晶の洗濯物をこっそりレンのに混ぜたのかもしれん。

「―――――覚悟完了? 救世主候補生、高町恭也クン」
「出来るか、そんなモノ。だが、やらねばいかんのだろう」

 と、考え込む俺には裏腹に明るい声が闘技場に響く。
 糞……っ、やっていられるか。









 ――――――前略。父さん、俺は救世主らしいです。









TRIANGLE HEART V × Dual Savior / If Story。

Broken Saber 。






 思考の糸を断ち切り、意識を眼前に控える石巨人に収束させる。
 愚直なまでに耐久性を求め、進化したようなその外見を軽く見た程度で、その強度が計り知れる。
 ……アレを砕くのは骨が折れそうだ。
 胸元に手を運び、装備を確認する。
 鋼糸が3番と……6番、飛針が10本程度、小刀は1つ、小太刀は無し。
 さて、どうしたものか。

 ――――小細工は無駄、か。
 溜まった息を吐き出し、思考を新鮮にする。
 澄んだ心で、どうすべきかを構想する――――が、その前に石巨人が動き出す。

 ぎぎっ、という鈍い音が僅かに発した後、その巨体からは想像出来ない速さで迫り来る。
 迫り来る石の巨体。あの重さでこのスピードだ、掠った程度でも人の身には重すぎる一撃だろう。
 風が唸り、豪腕が振り下ろされる。
 軸足をずらし、半歩だけ踏み込んでその鉄鎚を避け、がら空きの横腹を数回蹴り上げる――――が、無反応。
 ……と言うか、俺の方が痛い。素足で電柱を蹴ったようなものだからな。
 石巨人の鉄鎚は、勢いを殺さずそのまま大地を砕き割り、闘技場の石版に皹が入る―――――って、ちょっと待て。
 馬鹿げている。
 これは救世主試験なんかじゃない、ただの死刑執行だ。

「……ちぃ。だが、喰らいさえしなければ――――」

 豪腕に鋼糸を巻きつけ、距離を固定し、石巨人を中心軸に回転しその巨体を駆け上がる。
 固定したのとは逆腕から、暴風を纏い鉄拳が飛んでくる。

「――――っ。く、殺――――っ!!」

 手首を捻り、無動作で飛針を飛ばす。
 一つは牽制、一つは虚行、一つは視殺。
 だが、飛針は石巨人の身を貫くどころか、表面に刺さるコトも出来ずに、その岩身によって地に叩き落とされる。

「ウオ■■■オオ――――――■ッ!!!!」

 石巨人の咆哮が空を砕く。
 絡み付けた鋼糸を逆に利用され、その射程内に呼び戻される。
 迫り来る剛拳。
 それは単純な一発拳、だが範囲は無数の拳と同等。左右に振れるコト程度では防げない。
 なら、受け止めるか……馬鹿を言うな、砕き割られて死ぬぞ。となれば―――

「ち、ぃ―――――っ」

 拳圧で空中を踊らされる肉体を制御し、強引に姿勢を保ち、身体を目標へと滑らせる。
 剛拳をすり抜け、そのままの勢いで石巨人の隻眼まで身を運び、零距離で飛針を突き刺す。

「■■■――――ッ!!」

 石巨人が初めて示した、痛覚の叫び。
 ――――良し、いくら鉄壁の巨体とは言え、視界には盾が無いようだ。

「なら、これで……っ。どうだ――――っ!!!」

 飛針と同じように、唯一の小刀を突き刺す。
 そして、今度は自分の意思で肉体を空へと飛ばす。
 踏み込んだ勢いに遠心力を加え、全身の力のベクトルを一点へと運び、思い切り踵を小刀に叩きつける。

「―――■■■ッ!! ォォォォオオオオッ!!!」

 石巨人の声にならない咆哮。
 その巨大な声圧で全身が震え上がる。
 感触は悪くない、損傷も決して浅くは無いはずだ。良し、このまま続け様に叩き込んでやる……っ!!!
 手首を捻り、もう一度空へと翔け上がる。丁度逆立ちのような姿勢から、踵を頂点に運び鍬の様に叩き――――

「う、おおお――――ぉぉぉ、ぐっ――――南無三……!!」

 付ける前に、鋼糸ごと大地に叩きつけられる。ぐっ……この、馬鹿力が。
 無理矢理に大地へと振り下ろされた際に、鋼糸が千切れたらしい。
 ちっ……、最初から仕切り直しか。

「―――――我ぁぁぁぁ―――■■ッ!!!」

 ……どうやら、怒りを買ったらしい。
 やれやれ、怒りたいのは俺の方だと言うのに。
 迫り来る巨大な弾丸は、先程の数倍の速度で迫り来る。
 全力を出すと判断したか……不味いな。
 これでは回避は可能でも、攻めの体勢に移れない。
 神速を使うか? いや、使ったところで攻め手が無い。むむ……。

 ――――いや、待て。
 もしかしたら、もしかするかもしれん。
 脳裏に浮かんだ、自分でも意外過ぎると思われる案を採用する。
 ステップを小さめに刻み、加速を溜める。

コン、コン、コン―――――コンッ!!!

 襲い掛かる鉄建制裁を拒否し、石巨人の正面に向かい、その壁を蹴り上がり空中へ。
 ――――喰らえ……っ。御神が奥義、高町恭也が己の太刀。





「―――――あはははは。おいおい、止してくれよ、危ないじゃないか」

 ……我ながら、完璧だ。
 今の俺は、誰がどう見ても、赤星の無駄なくらい爽やかな笑顔そのものだろう。
 これなら、いくら石巨人とは言え動きを――――――早くなってるぞ、赤星っ!!!

「………………おーい、恭也くん。それは余裕の表れ? じゃあ、もう一体いってみるーぅ?」

 しかも状況悪化。赤星、お前はなんてコトを……っ!!!
 石巨人の背後に鉄巨人が現れる。……パワーアップしとるがなっ。
 糞っ……どうする。
 焦燥で滑り落ちてくる汗を感じながら、思考の糸を脳全体に開く。
 なんとしても道を開け。足掻いて足掻いて足掻け……っ!!

 ―――――神速を使って回避だが次が繋がらないなら遠距離から距離を稼いで飛針が足りない鋼糸も一つだ不完全だ失敗すれば鉄拳が直撃それ以前に囲まれたら避けきれるかいや避けるしかない受けれない重過ぎるどうする神速しか同じように小刀を突き刺して貫くしかいや鉄を貫通出来るかいやしかし考える前に行動だが何も無い死ぬいや諦めるなだが何も出来ない避け続けろだが体力が続くのか膝が砕ければ終わり死ぬ嫌だ打開しろ迷うな父さんなら死ぬ父さんでも呆気なくなら俺も死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ嫌だどうするどうするどうする――――――――

 思考の網を広げたのはほんの一刹那。
 だが、目の前の敵には十分すぎる程の永久。
 剛拳が空間を埋め、巨体が世界を圧縮する。
 いかん……っ!! 避けきれ――――■■■■ッ!!!

 俺の全身程の大きさが有りそうな拳を正面から、直に喰らう。
 石巨人が先程砕いた、戦闘場の石版に思い切り叩きつけられ、岩のクッションで衝撃が緩和と言う名の追加をされる。
 痛みが超越して、痛覚が全身に奔らない。
 だが、これは―――――

「――――ぐっ……はぁ、あ……っ!!」

 血が口から溢れ、零れ落ちる。
 肋骨が折れたか、いや、その数倍は全身の部品が逝っているだろう。皮肉にもそれを感じないが。
 ……視界に靄が掛かる。ぐっ、力が……入らん。
 膝が落ち、腕で身体を支える。
 なんとか身体を奮い立たせようと活を入れるが、それに身体が応えない。
 感じているのだ、本能で死を。
 頭の中に必死で入れようとしない、その現実の侵入を身体は既に許している。
 …………既に高町恭也の魂が入ったこの身体は、死んでいるのだ。



 ……やはり、無理な話だったんだろう。
 未熟な俺が救世主なんて大層な存在になるような話など。
 目の前の大切な人間すら救えない、俺が世界の人々全てを救うコトなど思い上がりも甚だしいのだから。
 分相応と言うコト、だな。
 眼球は無常にも迫り来る巨人達の姿を離さない。
 だが、どれだけ死が迫ってこようとも、身体は生を掴もうとしない。
 ……俺は、こんなトコで逝くのか。
 まもりたい人の顔を見るコトも出来ずに、何かを成し遂げたという満足感すら持てずに、ただ空しく。
 所詮これが、俺に定められた因果なのだろう。
 俺にはこの程度しか許されないという現実。
 そうか、これが―――――――――――――――――







 ふざけるなよ。
 こんなコトで逝けるものか。
 何も出来ずに、何もせずに、何も持たずに、ただ人生を終えるコトなど出来るものか……!!

 俺はまだ、やり残したコトがある。
 やらなきゃいけないコトがある。
 やりたかったコトがまだ、あるんだ……!!
 それをする為の力を渇望した。
 それすらを得ないまま、途中退場など冗談じゃない。

 俺はまだ、生きたいんだ―――――!!!



 魂の叫びは生命の咆哮へと姿を変え、辺りに響き渡る。
 視界に溢れたのは無数の光。そして―――――


 ――――――“ならばオレを呼べ。オマエと共に歩んできたオレを呼べ”

 初めて聞くはずなのに、随分昔から耳にしていたような誰かの声を意識の奥で聞いた。
 耳は襲い掛かる死の騒音を捉え続けているが、その声ははっきりと届く。
 そう、頭の中に直接入り込んでくるような。

 ――――――“契約は不破の名の下に、既に結ばれている。
        オレを欲せよ、オレを望め。この身は、既にオマエの刃也”―――――

 何を言っているのかは分からない。だが、本能がそれを求めている。
 それはここにあるべきだ。
 それは本来、俺とあるはずのモノなのだと。
 だから、その声に応える。
 俺が俺である為に。

 視界を完全に開き、目の前の光を見据える。
 気が付けば、視界から巨人の姿は消えている。
 今、俺の瞳に映るのは虚空の世界。
 その不完全な世界で、改めてそれと契りを交わす。

 ――――――来い。俺の刃になれ、その身を以って、敵対するモノを殲滅せよ。
       この身に染みたこころは、既にお前と共に在る。この生涯を以って、その刃を担う――――

 知らず呟いた、契りの言葉。
 その言葉に応える様に、世界が震える。
 光は一際強い輝きを放ち、風が吹き上がる。
 世界から湧き上がる力を分け与えられたかのように、微動すらしなかった身体が稼動し始める。
 指先から軽く動かし、膝に力を入れて、起き上がる

 ――――――“ならば、誓え。オマエオレで殲滅を生む、と。
       さすれば、オレも誓おう。オレオマエに殲滅を贈る、と”―――――

 喜びが含まれたように聞こえる、それの声。
 両手であるはずの無い“なにか”を掴み、天へと掲げる。
 そして、両手に収束した光の粒をそのまま眼前の虚空へと叩きつける―――――っ!!!

 ――――――欲するは、一振りの刃。全てを斬り裂く、天下無双の刃。
       世には語られない無銘の力。御神に仕えし、誇り高き武人の刃―――――

 ……待たせたな。俺はお前と共に在る。
 例え姿、形を変えようとも、魂は共に在り続ける。
 だから、最後の祝詞を刻む。

「さあ、来い――――――――八景っ!!!」

 瞳を開き、己が生涯を共に歩んだ愛刀を構える。
 ……攻め手は得た、さぁ、覚悟は完了したか……試練の巨人よっ!!!

「我ァ――――■■■ッ!!! ウォォ――ァァ――■■!!!」

 世界を侵食する獣の咆哮を合図に、互いに前へと己を弾き出す。
 限り無く前傾の姿勢から剛拳の激流をすり抜け、巨人の肩口を駆け上がり渾身の力を込めて八景を叩き落す。

 ずずず、と、これまでは傷付けることすら許されなかった皮膚を貫き、八景はその身を削り落としていく。
 ……これなら、いける。
 存分に攻めへと移れる……!!

「■■■―――――ッ!! ■■ァゥ■■―――ッ!!」
「―――――――■■■――――――!!!」

 ――――っ!!
 だが、攻める前に巨人の共闘に迎えられる。
 全方位から迫り来る、全面積を埋め尽くす鉄拳速射砲。
 いかん……、これに対して八景だけでは埒があかん……っ。
 射程と範囲のの都合からジリ貧に陥ってしまう。
 贅沢は言えんが、せめてもう一手を……!!

「―――――――ち、ぃ……!! こ、の――――っ!!」

 思考している間も、巨人は待ってくれない。
 一瞬でも気を抜けば、全身が粉砕され目も当てられない肉塊になるだろう。
 振り下ろされた腕斧はなんとか避けたが、追撃の正拳が俺を捕捉して離さない。
 多少不安は残るが、八景で受け止めるしかないか……!!!

――――轟ッ!!!

 衝撃と共に金属音が響く。
 なんとか無事に防げたようだ……――――――な……?
 衝撃と風圧で閉じた瞳を開くと、そこには無傷の八景が俺の手に握られていた。
 ああ、それは良い。
 それに関しては、全然異論など無いのだが――――形状が変わるというのはどういうコトだ。
 今の八景は一振りの小太刀ではなく、長い柄と両刃の大きな戦斧が付いた斧槍ハルバート
 これは……どういうコトだ。
 手に握っているのは紛れも無く八景だ、この感触、この存在、全てが俺の慣れ親しんだ八景自身だ。

 ―――――“■■■■■”

 声にならない声が頭に響く。
 ……これを使えと言うのか、八景。
 だが、俺は西洋の武器の扱いなど――――――っ、喰らうか……っ!!!

 考えてる暇すら与えない、巨人達の猛攻を斧槍で防ぐ。
 得物が長い為、扱いは面倒だが、防御には適している。
 柄と先端の刃で、迫り来る拳を砕き返し、その際に生じた隙に、距離を詰め先端を突き刺し、斧槍を軸に身体を空へ浮かべ同時に抜き去った斧槍を思い切り叩きつける。
 石巨人を大地に埋め、鉄巨人へと構え直す。

 決闘の状態には持ち込めたが、どうする。
 不慣れな武器での勝負など不利以外の何物でもない。
 ……どうするか。小太刀一つでも不利には違いないが、せめて慣れた武器の中射程ならば存分に闘えるのだが。

 そう考えた瞬間、八景が光を放つ。
 僅かに熱が放出され、瞬く間にその姿を俺の思考そのままに姿を変える。
 ………………ぬ。もしかしたら、そういうコトか八景。
 俺が望むままに姿を変え、俺に殲滅を贈る。そういうコトか。
 ―――なら、こういうコトも可能なんだろう? 八景。
 下半身に力を溜め、巨人の始動と共に一気に爆発させる。



 ―――――欲するは、巨人の刃。全てを断ち切る、軍神の剛剣。
      その道を妨げるコトは許されぬ、正義の一振り―――――





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